Title: 2004年度 秋のWIDE研究会での実験: 衛星回線へのComet TCPの適用 Author(s): 下國 治 (osamus@labs.fujitsu.com) Date: 01/07/2005 1. Comet TCP 長距離回線においてTCPは実効通信速度が低いことが知られている。Comet TCP 通信技術はTCPの長距離高速回線(long fat pipe)での高速化を念頭に研究され た。その成果として2003年には、通常のパケット欠落率をもつ回線で、 200msecの遅延がある環境でも、700Mbps以上のTCP通信を維持できることを実 証した。この成果によって、SC2003の最大帯域距離積賞を受賞している。 2. 実験の目的 2004年度の秋のWIDE研究会では、Comet TCPを衛星回線に適用してその有用性 を実験した。通常のTCP通信では帯域の上限を探るために定期的にパケット欠 落と帯域縮小を常にくりかえすのに対し、本通信方式は割当られた帯域を10μ sec程度の精度で保持するという特徴を持つ。CometTCPで当初想定していた利 用状況と同じく長距離だが、数百Mbpsという高速ではなく数Mbps〜数10Mbpsの 低速な衛星回線においても、この特徴によりTCPに比較して有用であることを 実証するのがこの実験の目的である。 3. 実験環境 以下のような衛星回線を使用した 名称 Nexter DVB-RCS 帯域 (Mbps) 1.5/0.5 10/2 CometTCP使用帯域 1.5/0.5 4/0.8 RTT (msec) 500-520 600-630 ロス率 少 1-5% 4. 実験内容 我々が用意したWeb proxyをComet TCPで中継し、実験に賛同した参加者がブラ ウザを設定することによって利用する形態を採った。また、試験用データとし てWMP9 の動画ストリーミング(1Mbpsオンデマンド、300kbpsライブ)を用意し た。これらを用いた利用者による主観試験の他、ネットワーク性能試験プログ ラムiperfを使用して定量的なTCP の通信速度を測定した。 5. 実験結果 5.1 ブラウザでのwebアクセス 被検者の感想は効果がある、ないと意見が分れた。これは、人間の感覚は性能 に対して線型に効果を実感できるものではなく、ある閾値をもって実感できる こと、また、使用感は回線状況以外の要素、例えば接続したサーバの反応や、 コンテンツの内容によって大きく左右されるため、効果を実感しにくいことが 原因だと思われる。 5.2 ストリーミングデータの視聴 有用性は認められなかった。帯域の再設定が頻繁に生じ、その都度データ のバッファリングが行われ動画像の再生が停止した。 パケット欠落が起きてもTCPの帯域は無視できる時間で復活する。従って、 再送による遅延がバッファリング時間に対して通常の状況より長時間であるこ とが原因であると仮定して、バッファリング時間を遅延に対して充分に長い20 秒に設定して実験したが、効果は見られなかった。 WMP9クライアントに於ける統計情報ではデータ欠落、ロスは共に記録され ていなかった。これはTCPがパケット欠落を補償していることを示しているが、 それはすなわち、再送で生じるRTT分の遅延時間の間、データがクライアント に渡されていないことを意味する。WMP9は接続回線状況によって自動的に使用 帯域を変化させるが、その変化手法は公開されていない。もし、遅延に敏感な 算法を採用していると仮定すると、パケット欠落で小さい帯域への再設定を行 なうが、帯域の急激な復活により再度大きな帯域への再設定を行なうという繰 り返しが発生しているという観測結果に一致する。 今回の実験はWMP9の画質を向上することが目的ではないため、WMP9という 特定のメーカの製品に対して動作を追及することを行う予定はない。しかし、 現在のストリーミングシステムは複雑な動作をしており、単純なモデリングに よる改良はさほど効果を得られないという知見を得た。 5.3 iperfによる定量的測定 iperfによる定量的測定 (2分間) を行った結果は以下のとおりである。 Comet TCP 無 有 回線速度 Flab->会場 850kbps 1.4Mbps 1.5Mbps 会場->flab 460kbps 470kbps 500kbps Flab->会場 456kbps 3.9Mbps 4Mbps 会場->flab - - 800kbps 遅延が大きな環境だったことから、TCPの速度が遅く、Comet TCPを使用するこ とで大幅な改善が見られた。 Comet TCPの処理実績は、最大同時処理セッション数は60、累計14000/日。最 大帯域は1.6Mbpsであった。 6. 実験のまとめ iperfを使用した定量的実験では1.5Mbpsの細い回線でもRTT500msecという長い 遅延のおかげでCometTCP の効果は認められた。しかし、webの閲覧ではその他 の要素も多く利用者の主観的な観測での有意な効果は見られなかった。また、 ストリーミングではパケットロスが生じるとTCP層がRTTの長さ分の時間パケッ トを止めてしまい、アプリケーションレベルで見た改善はできなかった。