個人用小型キーボードへの長い道

和田 英一

1. ことの起こり

NTT通研の竹内郁雄君から電子メイルが来た. bitでまたキーボードに関するオム ニバス連載が始まる. ついてはその初回にHappy Hacking Keyboard(以下HHキーボード) の故事来歴を書いて欲しいという依頼である. マウスによるGUI全盛のこの頃, なんでキー ボードかと不思議に思うかも知れないが, キーボードこそ究極の入力デバイスなのであ る. マウスでは数値とか, 新しいファイル名とかは自由に入力できない. また 画面が現れる 迄は何も入力できない. 原稿の入力はキーボードの独擅場である.

「また」というのはbitでは1990年6月号から1991年1月号まで初代の「キーボード談 義」を連載したからだ. (その後, 1995年11月号に「再びのキーボード談義」 というのが1回あった[1]. 最近のbitではキーボー ドについて井田君の 記事がある[2].)

話は初代キーボード談義の第1回「キーボード・カオス」から始めるのがよいか も知れない[3]. この中で, 竹内君は「昔より状態 が悪化してい るのがキーボード である」と喝破した. キーの押下特性の悪化とともに, キー配置がころころ変 り, 安心してブラインドタッチができないと嘆いた. 私も疾うにそのこ とに気付いていた.

Sun WorkstationでSun 1, Sun 2, Sun 3と新機種が出る度に, どう いうわけかキー配置が微妙に変 るのである. これはユーザー無視であり, アメリカのサンマイクロの 人が(当時私のいた)東大を訪ねて来る度に, 私はこのことを訴えた. 1992年4月 にSun World Expoに行った 時も, 会場にユーザーの声を聞くブースがあったので, そこで執拗に抗議もした. しかしいつも反応はなし.

竹内君は記事の最後の方に「本当はやはりもっと進んだ意味での自分用のキー ボード, あ るいはマイ・キーボードが理想である」と書いた. 私も全く同意見で, そ の後PFU社の社内 誌「PFU Technical Review」に招待論文を書いて欲し いと頼まれた時, この 貴重な機会を逃さじとばかり, 「けん盤配列にも大いなる関心を」という(論 文ではない) 文を書き, 世の識者に訴えようと試みた[4]. (これは私のホームページ に置いてあるが, HHキー ボードを作ったPFUのHHキーボードホームページ
http://www.pfu.co.jp/hhkeyboard/index.html
にhtml化したファイルへのポインタがある.)

私はこの文で, キーボードの規格につき長々と述べ, また市販(特にSun Workstation)のキー配置がいかにふらふらしているかを報告した. 更に 竹内君の提言に従い, 自分なら どういうキーボードが欲しいか, 如何なるキーボードなら私の「マイ・キーボー ド」にふさわしいか考えた. その結果がその記事に書いたalphaキーボードであ る.

2. alphaキーボード

この提案に際してまず考えたのは, キー配列にはJISキー ボードとASCIIキーボードとがあり, 自分自身の慣れと, 世界的標準になり得る ためとには, ASCIIキーボードの方を採用したいということであった.

図1と図2とを見較べて欲しい. 図1はASCIIキーボード, 図2はJISキーボードで ある. 英字, 数字の部分は同じだが, 特殊記号の位置が異なる(網かけ部分は同じ). キーボードのキー対応は, もともとASCIIコードのビット組合せ(コード表)の 位置に忠実 で, テレタイプなどはそういう配置であった. それが段々とオフィスタイプライタの 配置に戻ってきて, 現在のASCIIキーボードになったのである. (一方, JISキー ボードは昔のまま.)


図1 alphaキーボード(ASCII)


図2 JISキーボード

私の個人的経験では, 次第にブラインドタッチが出来るようになった頃, DECの VT100を使っていたが, これがASCII配列であったため, 私はASCII配列派になっ たらしい. 幸いその後使ったMacintosh, Sun Workstationは ASCII配列であったので助かったが, 国産のノートパソコンなど使う時にはフ ラストレー ションを感じざるを得ない. (特にLisp屋としては「(」,「)」, 「'」の違いが致命的である.) WIDEの諸君も殆どがASCII配列派と見た. 2年程 前, DECのHiNote Ultraが発売になったとき, 日本国内ではJISキーボードのも のを売って いたが, WIDEでは「良い子のASCIIキーボード」を注文した人が圧倒的に多い.

ASCII配列採用の次は, ファンクションキー, テンキー, カーソールキーの撲滅 であった. これらのキーは最近のキーボードには殆ど付いているが, これはキー ボードを肥大化するだけだし, これら周辺のキーを打つには, ブラインドとはいかず, キー ボードを眺め直さなければならない. これは業腹である.

次にまな板に載ったのはCapsLockである. 誰がどう使うのか知らないが, CapsLockも近頃のキーボー ドに必ずといっていいくらい備っている. しかしこれがまたいらいらの原因 である. CapsLockはキーボード左下の特等席に陣取っているから, 知らずにつ い触れてし まい, viエディタを使っている時には, コマンドの働きが急に変って慌てる.

CapsLockがなくてもファイルにある英字をすべて大文字に変換するのは, Unix では容易である.
% tr a-z A-Z < foo > bar
でファイルfooの小文字はすべてファイルbarで大文字になる. またemacsでは関数 upcase-regionを使えばリジョンの中が大文字に変る. だからCapsLockがなくても, なんら痛痒を感じない.

UNIX MAGAZINEで坂本さんが書いていた[5].

ところで皆さんは, タイピングの途中にうっかりCapsLockキーを押してしまう ことはありませんか. UNIXは小文字をベースにしたシステムで, 大・小文字 は区別されます. そのため, CapsLockキーが押されたままの状態でコマンドを タイプすると,
% LS
LS: Command not found
%
などと叱られます. あるいは, 私が好きなviエディタでは, 同じ文字でも大文 字と小文字ではコマンドの働きが違うので, CapsLockキーは一層迷惑な存在に なります.

キーボードによっては, 指の触れやすい場所にCapsLockキーが配置されている ものもあります. そのようなキーボードを利用するときは, このキーが煩わし くてなりません. そこで私は, CapsLockキーを無効にする仕掛けを作って対処 しています.

対処の仕方は元の記事を見て貰うことにし, 私も存在理由がわからんということで, CapsLockにはレッドカードを見せて退場して貰った.

同様なものに高岳製作所のXターミナルXMiNTに付いている仮名ロックがある. これも計算機の振舞が異様になり, 気が付くと仮名ロックのインディケータが 点灯しているのである.

このようなことを既に検討した人も多いであろう. 実は後で知ったのだが, bitの別冊にアステックの青山さんがX端末開発時のキーボードについての 検討の様子を書いている. 多少長いが引用しよう[6].

キーボードは最も議論した要素だ. X端末の初期のユーザは, すでにUNIX を使っている人達のはずだから, その人達が使いやすいキーボードが必要 だと考えた. そのため, 新たにオリジナルのキーボードを作ろうということに なった. また, 将来はOA分野でも使われ, 一般のオフィスワーカが使いやすい キーボードも必要になるので, 複数のキーボードをサポートすることにした. OA分野向けのものは, でき上がったものを外部から購入しようということになった.

新たに作るキーボードについて意見を聞いたのは, ほとんどがUNIXプログラマ だったが, 誰もがいま使っているキーボードに不満をもっているようだった. すぐに意見が一致したのは, いまあるキーボードは大きすぎて机が狭くなる ので, なるべく小さいキーボードがよいという点である. 「テンキーはいらな い. テンキーがあるとマウスを動かすスペースが狭くなる」, 「ファンクショ ンキーもいらない. どこでも動くように作ったソフトウェアは, キーボードに よって何個あるかわからないものにキーバインドしないぞ」, 「カーソールキー なんていらない. h, j, k, l(C-F, C-B, C-P, C-N)があるじゃないか」という 調子だった.

結局, 意見を聞いた人達のような人だけがX端末のユーザではないというこ とで, 実際に作ったキーボードはUNIXプログラマの夢のキーボードにはならな かった. テンキーを省いてなるべく幅を狭くしたものの, もう少しキーボード に馴染みのない人でも使えるように, ファンクションキーやカーソールキーを 一応つけた. 商品としてテンキーのないキーボードというのは, かなり思い切っ たものだったはずだが, 意見を聞いた人達に出来上がったキーボードの配列 の図をファックスすると, 「小さくしようとしているのに, ファンクションキー やカーソールキーがあるのはコンセプトが混乱している」などといわれた. 実 際に出来上がったキーボードを見ると, インダストリアルデザイナが描いた絵 の通り, キーボードの両端に2センチほどキーのない部分が出ていて, がっ かりした. しかし, この時点ではすでに型を起こしていたのでどうしようもな かった.

配列については, 「エスケープキーが遠いのはいやだ」, 「CapsLockは使わな いキーなのにCtrlキーの近くにあってよく打ち間違える. なくすか遠くの位置 にしてほしい」, 「JIS配列はリターンキーが遠い」(日本人の手が小さいのを 無視してけしからん), 「JIS配列は記号の位置が違うので混乱する」(逆に, JIS配列の方に慣れてしまった人もいた), 「“漢字”, “変換”, “無変換” などのキーは使わないので無駄. あの位置にはメタキーがほしい」, 「カナロッ クがあると, ときどき間違って押してしまうのでなくしてほしい」というのが 大方の意見で, これに沿って配列を決めた.

これまでは遠慮して貰うキーを述べたが, 三顧の礼で加わって貰ったのが Metaキーである. Metaキーがなければ8ビット目を送ることが出来ない. emacs ではEscapeがあれば済 むとはいえ, Metaもあればその方がよい. またこれは多少お遊びだが, input-codeがEUCのとき, MetaとShiftを 押しながら, 「OBED」とタイプすると直接「和田」と入るのも便利だ. (∵ 「和」は47区34点. それぞれに32を足すと, 79と66に なる. ASCIIで「0」,「A」,「a」のコード番号が48, 65, 97なのは常識だが, コード番 号の79と66が「O」,「B」なのだ.)

キーボードの基本配列はSunのType 4にした. ただType 4では「|, ¥」と Deleteが1段上に飛 び出しているが, キーボードを小さくするためにBackspaceをやめ, そこに 「|, ¥」 とDeleteをおいた. BackspaceはControlとHで入力できるが, DeleteはControlと の併用で入力するのが難しいからであ る. Type 4にした理由は丁度その頃私が Type 4で仕事をしていたということもあるが, 仮名を割り当てるにはType 4のキー 配置の方が適していたからである.そういうことで設計したのが図1のキーボー ドである. なぜalphaキーボードというかといえば, 左程確固たる理由もない. 何か名前は必要だろう; アルファベットを入力するキーボードである; な ど, かなりいい加減な理由でalphaと命名した. PFU Technical Reviewには「別に富士通の FacomαというLispマシ ンとは関係ない」と書いてある. DECのCPU, alphaチップも当時は知られていな かったと記憶する.

私自身は仮名は不要と思ったが, 仮名の配置も一応考慮した. 図3は JIS X 6002にも基づく仮名の配置である. ただし, JIS規格では右下の「メ」の右に もう1個キーがあり, (従ってShiftキーが遠い. 図形文字のキーはalphaキーボードに は47個, JIS X 6002には48個ある.) そこに「ロ」があるのだ. この場所にキーはないので, 「ロ」には移動して貰った. ノートパソコンでも「ロ」 は他に移動しているのを見掛ける.


図3 alphaキーボード(JIS X 6002)


図4 JIS X 6004

JISにはもう一つ仮名の配列が存在する. JIS X 6004(いわゆる新JIS)である. これは図形文字のキー配置がalphaキーボードのそれと完全に同じであり, この まま採用できる. もっともこの規格のキーボードが実在するかどうかわからな い. (図4)

3. alephキーボード

Technical Reviewに書いた時に決まっていたのはこの辺までであった. この案を キーボードに一家言を持つ人達に見せた所, Type 4よりType 3を基本にした方 がよい という意見が多かった. Returnのキーの形がよろしくない; キーボードには 逆台形理論(という訳の分からない理論)があり, それに従うのがよい; ともいう.

私もType 3の方がすっきりしているし, Sunも更にType 5に進んで, 再びType 3に近くなった. 仮名を入れるのを断念しさえすれば確かにType 3準拠の方が 美しいというわけで, 第2次案を設計した. それがヘブライ語を入力するわけ ではないが, alephキーボードという名のものである. (図5)


図5 alephキーボード

4. HHキーボード

Technical Reviewに書いてから暫く経った1995年4月, PFUの新海専務との 談話中, 私がかつて同誌に駄文を書いたという話題になった. 新海 さんはその記事を忘れていたようだったが, PFUに帰社されてから研究所の人たち と少し話し合われたらしい. その結果, 研究所にもマイ・キーボードに興味を 持つ人がいるので, 一度来るようにという誘いがあった. 私は早速 PostScriptで描いたキー配置の絵を厚紙に張り付けた簡単な模型をいくつか用 意してPFUへ馳せ参じ, マイ・キーボードが欲しい理由を力説した.

この頃決めたのはキーボード全体の寸法である. キーピッチは標準のままとし, でき るだけ小さくするとどの位になるか計算した. キーピッチは標準が19.05mm(つまり 3/4インチ)である. 従って最上段はキーが15個あるので幅は285.75mm; 縦は 5段だから95.25mm. 周囲に少しは余白がいるという理由で, キーボード全体 の大きさを297mm×105mmとした. これはA4版の紙の長手方向に半分にし たサイズである. パスポートサイズではないが, 小ささのキャッチフレーズと してはA4版長手半裁というのがよいと思ったからである.

序でに多少小型の模型も作った. これはキーピッチがOASYS Pocket 3と同じで, 14.9mmのものである. OASYS Pocket 3は自分でも使用したことがあり, このサイズまで は無理なくタイピングできるのを知っていたからだし, 将来PDA用に転 用する時, どんな感じになるか見ておきたかったからでもある.

PFUでの討論の結果, ほぼこの方針に従い, 手頃なキーボー ドを改造して小型キーボードを試作してみることになる. この作業の話は担当 したPFUの八幡さんが書い て下さることになっているので, 割愛する.

その八幡さんから 「大変お待たせ致しましたが, 小型キーボードが形になりました. つきましては, お渡しして評価をお願いしたいと思います.」 という待望のメイルが到着したのは, 1995年10月24日であった. さっそく届けて頂 き, 試用を始めた. またいろいろな所へ持っていき, 反響を得ようと 努めた.

自分で使ってみる分には申し分なし. なにしろ小さいから机の上は片付くは, 持ち運びは楽だは, で結局11月から2月頃までは殆ど毎日持ち歩いていた. 1996年1月のプログラミングシンポジウムにも持って行った. 電総研, 通研, 東 大, 電通大, 慶応, 奈良先端大, WIDE研究会, 和田研ワークショップなど にも持参した. 2月には雪の北陸先端大でJUSユーザー会があり, そこへも携行した. WIDEの村井君がキーノートスピーチをする筈だったのが, 都合で来られなく なったので, 代わりにキーボードスピーチと洒落た.

概してどこでも好評なので, PFUでは商品化に取り掛かり, 仕様をつ める段階に来た. alephキーボードはあまりにも純粋であり, パソコンのアプ リケーションと使うには, ファンクションキーも必要かも知れないということ で, Metaの場所をFnキーとし, このキーを押しながら他のキーを押すと, ファ ンクションキーやカーソールキーになるという案があり, これを採用すること とした. (Fnを使うところが, 前に引用した青山さんのキーボードと違う.) Fnキー押下時の機能は図7参照. これらの文字はキーの前面に書いてある. Meta キーはスペースバーの隣へ移った.

最近のSunキーボードはスペースバーの両側にMetaの他にAltがあり, これ はSun, Macintoshなど使う時に必要かも知れぬということで, 追加することになっ た. 同時にスペースバーも短く(6単位に)した. (Fnを押したとき, この辺の キーは, 変換, 無変換に変るらしい.) 図6のキー配置を見て「しびれるっ」と叫んだ人 がいたが, 端正な形にまとまったと思う.

alephキーボードでは, Sun Workstationを使う時, 緊急事態で停止させ るL1-Aをどうするかという問題があったが, これも右のMetaをFn押下時にL1とするこ とで解決した.

完成品の大きさは, 294mm×110mmである. またSun WorkstationとPCは それぞれの専用ケーブルを使って切替えることになった. Macintoshへの対応は今回 は見送った.


図6 HHキーボード(Fn解放時)


図7 HHキーボード(Fn押下時)

最後にキーボードの名称である. 私はこのキーボードを使い, Lispでプログラ ムはハックするのは, どんなにか気持ちがよいだろうと夢想していたので, 勝 手にHappy Hacking Keyboardと呼んでいた. 1996年4月, WIDE研究会の研究報 告書にこのキー ボードのことを書いた折, HHキーボードとした[7]. しかしよもやPFU が製品版のキーボードにHackingという名称は使わないだろうと思っていた. 世の中ではハックという言葉は, よい意味にとらない方が一般的だ からである. 従って別に「キー坊」という名称も秘かに用意していた.

それがPFUはHappy Hackingで行くという決断をした. 幸いbit 2月号に 電脳陰陽師君[8], 3月号に川副君[9]が書いているように, 時恰もハッカーとクラッカーを峻別しようというムードになっているため, この運 動を促進する一助になればよいと願っている.


図8 Happy Hackingロゴ

製品版の前にモックアップのキーボードが出来たのが試作機から1年後の10月18日. 試作 機と同様に暫く持ち歩いた. 日本サンマイクロの山田専務にお見せする と, 「やぁー, 前からキーボード, キーボードとわめいていたけれども, ついに怨念の 籠ったキーボー ドができましたなぁ」と挨拶を頂いた. 製品版を入手したのは12月20日. 翌 日のWIDE研究会でみんなに見て貰った.

もちろん最初の公式アナウンスはPFUのホームページだが, ネットニュースは fj.comp.dev.keyboardに投書が載り, UNIX MAGAZINEの新 製品Newsでは1月半ばに出た2月号に載った. ネットニュースでの反応は概ね 好評であり, 嬉しく思っている. 実機を見るには秋葉原のLaOXの左隣のビル4 階の「ぷらっとホーム」に行くとよい.

5. 使ってみて

私自身は試作キーボードを1年以上も使って来たから, クリック感を除き, 使 い勝手は承知之助であるが, しかし必要なキーしかない環境は極めて爽快だ. Fnを押しつつ使う場面には未だ遭遇しない.

ノートパソコン(Fmv biblo)の拡張キーボード用コネクタにも繋いでみた. このパソコンはJIS配列なのだが, 私はBSD/OSを載せているので, キートップ の刻印とは無関係に英字/数字と特殊記号はASCII配列の対応になっている. 記号 同士のキーが意外な所に隠れていることを除けばASCII感覚で使えるのだが, HH キーボードを装着すると遥かに使い易い.

ただしHHキーボードにはマウス代りのクイックポイントがないため, 元の キーボードを向う側に残しておかなければならず, キーボードを2段並べ て, ハープシコードだとか言いながら使用している. ノートパソコンは「A」 の左にCapsLockがあり, 「Z」の左下にControlがあるが, この二つは入 れ換えて使用している. この環境でHHキーボードを使うと, Controlが当然だ がCapsLockになり思わず仰天する. そこで「CapsLockはControlにするが, Control はControlのまま」というふうにxmodmapを書き換え, 無事使えるようになった.

私以外で入手した人もまぁまぁ喜んでいるようである. 仮名は諦めたので, キー トップには仮名の刻印もないが, 電通大の多田君は仮名キーボードとしてブラインドで 使っているらしく, 「キータッチは文句ないのですが、平仮名の「む」はチト遠すぎま す.」とメイルをよこした. 「ム」は「‾, `」のことらしい.

ネットニュースなどから見るとユーザーの要望には, Macintoshに対応してほ しい; キーボードはこれ1台にして複数の計算機と接続を切替えて使たい; な どがある. これらはまたPFUに善処をお願いしよう.

6. Javaアプレット

以前から一度Javaのアプレットを書いてみたいと思っていた. 一方このキーボー ドを作ることになった時, どのようなものになりそうか, まず絵を描いてみ ようと考えた. 最初はキーの寸法位しか既知でないから, 他は適当な値 を想定し, PostScriptでキーボードの透視図を作った. PostScriptという言語は 結構なんでもできるので, 感じを掴む絵などはすぐ描ける.

そのうち製品のキーボードの3面図を見ることができた. そこで, 適当に設定し ていた寸法を実際の値に変え, 再びキーボードの外観図を描いた. 始めの うち, ケースの縁は直角になっていたが, そのうち濃さを適当に変えることで, 図9に示 す丸みのある絵を描くことができるようになった.


図9 HHキーボード外観

   
図10 アプレット画素

キーストロークが3.8mmあるとわかれば, 各キーについて, 押し込まれている 状態の絵を描くのも容易だ. 押し込まれているキーと, 正常状態のキーの絵 (画素)ができれば, それを然るべき位置に重ね描きすることで動画ができる筈である. そうやって 作ったアプレットが, HHキーボードのホームページから辿れる動画であ る. 画素の1対(Hのもの)を図10に示す. 左が押し下げ状態, 右が正常状態である. これ はHの押し下げ状態と正常状態と全景から排他的論理和をとり, 自動的に切り出してある.

このような画素が60個のキーに二つずつあるから, アプレット起動時には全景の絵の他 に120枚のgifファイルを転送しなければならず, 見て下さった方はご存知のように, 起動にかなり時間がかかる. 初めてのJavaプログラムは例を見て書いた. 一応は動いた がWWWに載せる時, PFUの白神さんが如何にもJavaらしく改良した.

任意の文字列に対する動画もできるわけだが, 当面は「Happy Hacking」と繰り返 しタイプしている. (大文字の時はShiftも押しているのに注意) キーを打つ時間間隔が 一定なのは面白くないという文句もあるが, 未だそれ程凝る時間もないの でそのままになっている.

7. むすびに代えて

ここまでこのキーボードが世に出るまでのいきさつを述べてきたが, 私がこうい うキーボード が欲しい, こういうキーボードにしたい, と思うに至った背景には以下のよう な信念がある.

  1. 計算機の入力は8単位コードが送れればよい.
  2. またすべてのコードがなんらかの方法で先方に届く必要がある.
  3. ファンクションキーなど特別なキーを付け始めると止処がなくなる.
  4. 特に遠方の計算機に情報を送るには特別な機能は却って不便である.
  5. 拡張性の観点からインターフェースは自然言語のごとくユニバーサルな ものがよい.
  6. 人間は環境に慣れるのが遅いからなるべく標準的なものを使う.
  7. インターフェースには機能的な美しさが欲しい.
  8. 道具には使い心地のよい程よい大きさがある.
インターフェースが自由かつ万能であるためには, 何か充分な基準に対処す ればく, 現段階ではそれは8単位コードであろう. (ASCIIコードはそのビット 解釈の一つである) それ以外のものの導入は, システムを汚し, メインテナン スを困難(不可能)にする.

8単位コードはASCIIコードのことと思ってよいが, これだけあれば自然言語が 万能なように, 何でも入力で きる. 特別な機能をファンクションキーに対応させると入力が早いという考え から, ファ ンクションキーが幅を利かせているが, ファンクションキーの数に限りがある から, すべてを対応させるわけにもいかない. また同じファンクションキーが アプリケーションにより, 異なる機能に対応するのも却って煩わしい.

機能的な美しさ, 程良い大きさとの項は別に説明しないが, わかるであ ろう. HHキーボードは上の条件を満たしていると確信する.

WIDEプロジェクトのホームページから辿ると, WIDE用語集が見付か る. Hacker's Dictionary Wide版というべきものだが, そこに「こわれた・ きーぼーど」という見出しがある. 内容は:

  1. アット・マークが P の横にあるキーボード.
  2. 括弧が一つ左にずれているキーボード.
  3. {[Caps Lock]キーが威張っているキーボード. }
  4. スペースが ハーモニカ状態のキーボード.
  5. 利用方法のわからないキーのたくさんあるキーボード.
  6. 隅になるとキートップが細くなるキーボード.
  7. 指をくじく可能性の高いキーボード.
といったものだ. この定義に従えば, 国産のパソコンのキーボードは殆どが こわれている. スペースがハーモニカ状態というのは, 変換, 無変換などと一 緒にスペースバーが途切れ途切れになっているものを指す. HHキーボードはど の点から見てもいささかもこわれてはいないのである.

Happy Hacking!

参考文献

[1] 下国治: 再びのキーボード談義, bit, Vol.27, No.11, pp.27 -- 33.

[2] 井田昌之: Emacs解剖学 2 Emacsの成立とキーボード, bit, Vol.28, No.7, pp.51 -- 60.

[3] 竹内郁雄: キーボード談義1 キーボード・カオス, bit, Vol.22, No.6, pp.15 -- 26.

[4] 和田英一: けん盤配列にも大いなる関心を, PFU Technical Review, Vol.3, No.1(Feb. 1992), pp.1 -- 15.

[5] 坂本文: UNIXへの招待 UNIXと大文字, UNIX MAGAZINE, 1995年4月 号, pp.154 -- 158.

[6] 青山尚夫: 内側から見たX端末, bit別冊 Xウインドウとそ の仲間たち, 1992年5月, pp.117 -- 135.

[7] 和田英一: 個人用小型キーボード, WIDEプロジェクト研究報告書1995年 度 第19部, WIDEプロジェクト.

[8] 電脳雑技団: 計算の迷宮23 Hacker不是Cracker --ハッカー はクラッカーじゃない!--, bit, Vol.29, No.2, pp.13 -- 19.

[9] 川副博: Bookガイド --わたしの書棚から-- 19 クラッカー小説集, bit, Vol.29, No.3, pp.43 -- 46.

(わだ えいいち (株)富士通研究所)
wada@u-tokyo.ac.jp
http://www.wide.ad.jp/‾wada/